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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11837号 判決

原告

後藤末太郎

被告

更生会社日本自動車株式会社更生管財人

岡田錫渕

右訴訟代理人

沢邦夫

外二名

主文

原告の第一次的訴及び第三次的訴を却下する。

原告の第二次的請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

第一次的ないし第三次的請求として、

被告は原告に対し、金一、一一三万五、六八〇円及びこれに対する昭和四四年一一月一一日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

二、被告

(第一次的請求に対する本案前の申立)原告の第一次的訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

(本案に対する申立)

原告の第一次的ないし第三次的請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

(第一次的請求の原因)

一、原告は、昭和一六年六月東京弁護士会に入会して弁護士を開業し、今日に至つている。

二、原告は、昭和一八年六月頃から、訴外日本自動車株式会社(以下日本自動車という)の法律顧問の一人として、裁判上又は裁判外の法律事件等の処理の委任を受けてきた。

三、原告は、昭和四〇年九月一日頃、日本自動車から訴外愛知コニー株式会社(以下愛知コニーという)に対して別紙第一及び第二物件目録記載の建物(以下本件建物という)の明渡を求める事件の処理の委任を受けた。そこで原告は、日本自動車代表者名の同月六日付の内容証明郵便を、翌七日愛知コニーに発送せしめ、右書面をもつて、愛知コニーに対し本件建物の明渡を求める旨を通告させるとともに、仮に賃貸借契約が存続しているとするならば、これを解約する旨の意思表示をさせ、かつ本件建物明渡請求訴訟提起の為の資料の蒐集整備を各担当社員に指示し、訴訟提起の準備をした。そして、まず愛知コニーに対する本件建物の明渡の執行を保全するため、原告は昭和四一年四月六日名古屋地方裁判所に赴き、本件建物について占有移転禁止の仮処分命令の申請をなして同日右仮処分命令を得、同裁判所執行官をして右仮処分命令の執行をなさしめた。次いで原告は、昭和四一年四月一八日、名古屋地方裁判所に、愛知コニーに対し、本件建物の明渡しと、同年三月九日から本件家屋明渡済みに至るまで一ケ月金一四万四、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める訴を提起し(同裁判所同年(ワ)第一、〇五四号)、同年五月一九日から昭和四二年一〇月三日まで九回に亘つて審理がなされ、内四回の証人調の後、同年一一月二日、日本自動車全部勝訴の判決を得た。

四、愛知コニーは、昭和四二年一一月、右判決に対し名古屋高等裁判所に控訴を提起した(同裁判所同年(ネ)第九四七号)。そこで原告は、昭和四三年二月一〇日、日本自動車から右控訴事件について訴訟代理の委任を受け、同月一三日付で答弁書及び証拠申出書を提出し、同日から同年八月二二日までの六六回の口頭弁論期日において、同年四月二三日付および同年八月三〇日付各準備書面を提出して控訴人の主張に対して反駁をなし、また新たに甲第一七号証を提出するなど万全の訴訟行為をなし、同年一一月一九日には、控訴人側の証人調がなされるのみとなつていた。

五、しかるとこころ、日本自動車は昭和四三年五月二日不渡を出し、同月八日銀行取引停止処分を受けるに至つたので、原告は日本自動車から委任を受け、同年六月一〇日東京地方裁判所に和議開始の申立をなし、更に同年七月二五日同裁判所に会社更生手続開始の申立をなした。右各手続の遂行に際しては、日本自動車より原告に対し、補助者として一、二名の弁護士を依頼するようにしてはとの申出があつたが、原告は日本自動車の費用負担の軽減を考え、補助弁護士の応援を得ることなく、原告一人で前記各申立事件に関連して生起してきた多数債権者からの競売申立手続による競売を停止し、その他いろいろと会社更生の為の各防禦手段を講じたりして、更生手続上の諸手続に努力を尽し、同年九月一八日、日本自動車は同裁判所にて更生手続開始決定を受けた。そこで、原告は、名古屋高等裁判所に対し、日本自動車が更生手続開始決定を受けた旨の同年一〇月八日付の上申書を提出し、前記控訴事件について中断手続をとつておいた。

六、しかるところ、日本自動車更生管財人である被告は、昭和四四年六月二一日付同月二三日到達の書面をもつて、日本自動車が原告に対し本件控訴事件についてなしていた訴訟委任契約を何等正当な理由なく一方的恣意的に解除し、故意に原告が本件控訴事件の訴訟代理人として、その受任事務を処理することを不能ならしめた。よつて、原告の受任事務は目的を達したもの、即ち成功したものとみなして原告は日本自動車に対し、日本自動車全部勝訴の場合と同額の報酬請求権を取得した。(東京弁護士会弁護士報酬規定第五条のみなし成功報酬規定)

七、原告が、日本自動車から愛知コニーに対する本件建物明渡請求訴訟を受任するに当つては、従前からの慣行と同様に、第一審のみならず訴訟提起の目的達成までということで受任し、また右訴訟の第一、二審を通じて原告が出入を受くべき報酬額は、本件建物明渡等の目的が達成された際に、原告の所属する東京弁護士会弁護士報酬規定に準拠して定めるとの約定であつた。仮に明示の約定が認められないとしても、暗黙のうちに右同様の合意がなされていた。右合意の他に、原告と日本自動車間の永年の慣行では、事件の着手金は僅少の額とし、その代りに、事件が有利に解決した場合には、事件の大小にもよるが、大体日本自動車が受けた利益の一割五分ないし二割割五分に相当する額の報酬の支払を受けてきたものであるから、前記事件を受任するに際して、この慣行による旨の合意が明示又は黙示のうちになされていた。

八、よつて、原告が日本自動車から支払を受けるべき報酬額は次のとおりである。日本自動車の愛知コニーに対する請求は、本件建物の明渡及び昭和四一年三月九日から明渡に至るまで一ケ月金一四万四、〇〇〇円の損害金の支払を求めるものであるから、右昭和四一年三月九日から被告が原告に対して原告を解任する旨の書面を出した昭和四四年六月二一日までの間一ケ月金一四万四、〇〇〇円の割合による損害金の合計金五六七万八、四〇〇円の二割に相当する金一一三万五、六八〇円と、本件建物の明渡を受けることによつて日本自動車は金一億円以上の経済的利益を受けるので、その金一億円の一割二分に相当する金一、二〇〇万円内金一、〇〇〇万円の合計金一、一一三万五、六八〇円をもつて原告が日本自動車から支払を受くべき報酬額とするのが相当である。

なお、原告の右報酬請求権は、前記六において主張したとおり、日本自動車が更生手続開始決定を受けた後、更生管財人である被告が正当な理由なく一方的に原告を解任し、原告の受任事件が成功とみなされたことにより発生したものであり、仮に被告主張のように、更生手続開始決定を受けることにより当然に原告の訴訟代理権が消滅するとするならば、日本自動車が更生手続開始決定を受けたことにより原告の訴訟代理権が消滅させられた結果、原告の受任事件の処理が不可能となり、これにより原告の受任事件が成功とみなされたことによつて発生したものであり、而も、日本自動車に対し、更生手続開始前の原因に基づき生じた債権ではないから更生債権ではなく、共益債権として被告に対して更生手続によることなく弁済を求めることができるものである。

九、よつて、原告は被告に対し、右報酬金一、一一三万五、六八〇円及びこれに対する本件訴状送達の日である昭和四四年一一月一一日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(第二次的請求の原因)

第二次的請求原因一ないし八は、第一次的請求原因一ないし八と同一である。

九ママ、本件訴訟委任契約は双務契約であり、受任事件は控訴審に係属中でいまだ事務処理は終了しておらず、また日本自動車も原告に対し報酬支払義務を履行していないのであるから、本件訴訟委任契約は日本自動車が更生手続開始決定を受けたときにおいて、双方未履行の双務契約であつた。そして日本自動車更生管財人である被告は、昭和四四年六月二一日付、同月二三日到達の郵便をもつて、原告に対して本件訴訟委任契約を解除する旨の意思表示をなしたが、右更生手続開始決定は右控訴事件につき中断が生ずるのみであつて、原告の右訴訟代理権の当然の消滅を意味せず、原告は更生管財人によつて右訴訟事件が受継された後も訴訟代理人として、右解任されるまで一切の訴訟行為をなし得る地位にあつたものであるところ、日本自動車が原告から受けた一審および控訴審における弁護活動又は訴訟行為等の反対給付は、その性質上日本自動車の財産中に現存するものではないから、原告は会社更生法一〇四条二項により、共益債権として右給付に相当する価額の返還請求権を取得したものである。そして、右価額は、原告が日本自動車から支払を受くべき前記報酬金一、一一三万五、六八〇円と同一である。

一マ〇マ、よつて原告は被告に対し、右金一、一一三万五、六八〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年一一月一一日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(第三次的請求の原因)

第三次的請求原因一ないし八は、第一次的請求原因一ないし八と同一である。

九ママ、日本自動車が更生手続開始決定を受けることによつて中断した本件控訴事件は、受継により続行されたのであるから、未だ右事件につき訴訟代理人たる地位を失つていない原告は、会社更生法六九条一項により、日本自動車に対する訴訟費用請求権を共益債権として更生手続によることなく随時その支払を請求することができるところ、原告が日本自動車から支払を受けるべき前記報酬金一、一一三万五、六八〇円は、右にいう訴訟費用請求権として、被告に対してその支払を請求することができるものである。

一マ〇マ、よつて原告は被告に対し、右訴訟費用として金一、一一三万五、六八〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年一一月一一日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。(第一次的請求に対する被告の本案前の抗弁)

原告は第一次的請求において、原告が日本自動車から受任した、日本自動車の愛知コニーに対する本件建物明渡請求事件(第一、二審)の報酬請求権を主張するものであるが、有償委任契約においては、報酬支払の特約が成立したときに報酬請求権が発生するものであり、原告の主張によれば、昭和四〇年九月一日頃原告と日本自動車との間において、右事件について報酬支払の特約ある訴訟委任契約を締結したというのであるから、原告の主張する本件報酬請求権は右昭和四〇年九月一日頃発生したものであり、日本自動車は昭和四三年九月一八日に更生手続開始決定を受けたのであるから、会社更生法一〇二条にいう「更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権」として更生債権となるものである。従つて原告は、本件報酬請求権を更生債権として更生裁判所に届出て、更生手続に従つてのみ権利行使をなしうるものであり、右届出をすることなく提起された第一次的訴は不適法として却下されるべきである。

(第一次的請求の原因に対する被告の認否)

一、第一次的請求原因一のうち、原告が東京弁護士会所属の弁護士であることは認めるが、その余は不知。

二、同二ないし四は認める。

三、同五のうち、原告が和議開始申立及び更生手続開始申立の各手続を遂行するに際し、日本自動車から補助者として一、二名の弁護士を依頼するようにしてはとの申出があつたが、原告は、日本自動車の費用負担の軽減を考え、補助弁護士の応援を得なかつたとの点は不知、その余は認める。

四、同六のうち、被告が原告主張の書面を送つたことは認めるが、これにより被告が原告を解任したことは否認し、その余は争う。

原告主張の訴訟委任契約は、委任者たる日本自動車が昭和四三年九月一八日更生手続開始決定を受けると同時に会社財産の管理処分権を喪失したので、委任者の破産の場合と同様、委任の基礎をなす信用の喪失義務の履行不能等委任を継続し難くなり、当然終了し、その結果原告の訴訟代理権もまた消滅したものであり、仮にそうでないとしても、右更生手続開始決定により、日本自動車の財産の管理処分権が更生管財人に専属することとなつた結果、原告の右訴訟代理権は当然消滅したか、仮に消滅しないとしても、右代理権を行使し得なくなつたものである。又仮に法律上右代理権が当然に消滅しないとしても、昭和四三年七月二日日本自動車と原告との間には、右更生手続開始と同時に訴訟委任を解消せしめる特約が成立しており、日本自動車は前記のとおり右更生手続開始決定を受けたのであるから、右約旨により、原告との本件訴訟委任を含む既存の訴訟委任関係は全部解消したのである。そしてこのことは、日本自動車債権者委員会代表であつた訴外原玉城が、日本自動車代表取締役小川浩正の依頼を受けて、原告に対して更生手続開始申立手続を委任する際に確認しているものである。被告は、原告主張の書面によつて、原告への訴訟委任および同人の訴訟代理権が消滅していることを再確認し、これを前提として記録の引渡その他の事務引継を求めたにすぎないものであり、解任の意思表示をなしたものではない。

五、同七は不知。

六、同八、九は争う。

(第二次的請求の原因に対する被告の認否)

第二次的請求原因一ないし八に対する認否は、第一次的請求原因一ないし八に対する認否と同一であり、第二次的請求原因九は争う。委任事務処理と報酬金支払債務とは対価的関係になく、片務契約である。又原告の本件訴訟代理権は前記の如くすでに消滅しているので、被告は原告と日本自動車との間の訴訟委任契約を解除したことはなく、原告主張の債権は更生債権として更生手続によるべきものである。同一〇は争う。

(第三次的請求の原因に対する被告の認否)

第三次的請求原因一ないし八に対する認否は、第一次的請求原因一ないし八に対する認否と同一であり、第三次的請求原因九、一〇は争う。

(第一次的ないし第三次的請求の原因に対する被告の抗弁)

前述のとおり、原玉城が原告に対し、日本自動車の更生手続開始申立手続を委任するに際し、原告との間で、本件建物明渡請求訴訟を含む、それまで日本自動車が原告に委任していた数件の訴訟事件の手数料及び報酬金、並びに原告が日本自動車に対して有する社内預金一二二万八、〇〇〇円の払戻金など、原告と日本自動車との間の一切の債権債務を清算するため、日本自動車の和議開始申立事件について、日本自動車が原告名義で東京地方裁判所に預託中の予納金五〇〇万円を原告において取戻し、これをもつて右清算金に充てる旨の合意が成立し、原告はこれに従い、右事件を取下げて予納金五〇〇万円を取戻し、これを前記の手数料、報酬金及び社内預金の払戻金の清算金に充当したのであるから、原告の請求する本件建物明渡請求訴訟の報酬請求権も右清算により消滅している。仮に右報酬金の支払いが未清算であつたとしても、本件訴訟委任解消事由が会社更生法その他の法律に基づくものであつて、委任者たる日本自動車の意思に基づくものではないから、原告主張の如く右訴訟事件は成功又は成功とみなされるものではなく、従つて原告主張の報酬額は東京弁護士会又は日本弁護士連合会の報酬規定に照らしても、算出されるものではない。

(本案前の抗弁に対する原告の認否)

被告の本案前の抗弁は否認する。本件報酬金請求権は日本自動車の更生手続が開始された昭和四三年九月一八日以前の原因に基づいて生じたものではない。原告の訴訟代理権は右更生手続開始決定と同時に消滅したものでもなく、原告は右開始決定により中断した日本自動車の訴訟手続を更生管財人において受継したときは、依然として訴訟代理人として右訴訟行為をなし得る地位にあつたものである。そして訴訟における成功報酬請求権が発生する為には、着手金、手数料と異り、受任事件が成功するか又は成功したとみなされる事実の発生が必要であつて、仮に右請求権は停止条件付であるとしても、条件成就のときに効力が生じ、はじめて具体的請求権を取得するものである。従つて、本件報酬金請求権は前にも述べたとおり右控訴事件を被告側弁護士によつて進行せしめる被告の意思が原告に到達した昭和四四年六月二三日に又は少くとも本件更生手続開始決定がなされたと同時に発生し、かつ行使し得るようになつたものである。

(抗弁に対する原告の認否)

被告主張の清算の合意は否認する。原告が本件更生手続開始申立手続を受任するに際し、日本自動車は右決定が得られたときに、金五〇〇万円の報酬を支払うとの約定をなしたので、右決定後、原告は日本自動車に対し、右報酬金五〇〇万円を請求していたところ、昭和四三年一〇月三一日、原玉城が管財人代理として原告を訪れ、原告と原との間で、和議開始申立事件を取下げてその予納金五〇〇万円を原告が取戻し、その内金一〇〇万円を日本自動車の取締役に対し足代として交付し、残金四〇〇万円を、原告が既に請求書を提出していた事件の未払手数料、未払顧問料及び本件更生手続開始申立事件の手数料、報酬金に充てる旨の交渉をなし、原は、同年一一月二日これを了承する旨伝えてきたので、原告は、この約定に従い、同月四日、金四〇〇万円を原告が既に請求書を提出していた事件の手数料、顧問料及び本件更生手続開始申立事件の手数料、報酬金に充当し、翌五日、日本自動車代表取締役小川浩正に対し、金一〇〇万円を交付したものである。本件建物明渡請求事件については、原告は当然に従来通り訴訟を代理して手続を進めるものと考えていたのであり、この事件の報酬については何ら話合はなされておらず、この支払は受けていない。被告のその余の主張は争う。

第三 証拠〈略〉

理由

一まず原告の第一次的訴の適否について判断する。原告は第一次的訴において、昭和四〇年九月一日頃、原告が日本自動車から訴訟提起の目的達成までとの約定で受任した愛知コニーに対する本件建物明渡請求事件が控訴審に係属中、昭和四三年九月一八日日本自動車が更生手続開始決定を受け、日本自動車の更生管財人に選任された被告は、昭和四四年六月二三日到達の郵便をもつて、正当な理由なく一方的に原告を解任したのであるから、原告の所属する東京弁護士会報酬規定第五条(みなし成功報酬の条項)により、原告は受任事件を成功とみなし、同日全部勝訴の場合と同一の報酬請求権を取得した、仮に日本自動車が更生手続開始決定を受けたことにより、当然に原告の訴訟代理権が消滅したとするならば、このことにより原告の受任事件を成功とみなし、更生手続開始決定がなされた昭和四三年九月一八日に、全部勝訴の場合と同一の報酬請求権を取得したと主張して、右報酬の内金一、一一三万五、六八〇円の支払を求めるものであり、これに対し、被告は本案前の抗弁として、原告の主張する本件報酬請求権は、本件訴訟委任契約が締結された昭和四〇年九月一日頃発生したものであつて、厚生債権として届出をなすことなく提起された右訴は不適法である旨主張する。

よつて、原告の主張する本件報酬請求権が、日本自動車に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権として更生債権となるか否かを考察するに、報酬支払の特約のある訴訟委任契約は、受任者たる訴訟代理人の委任事務処理義務と委任者の報酬支払義務とが対価関係に立つ有償双務契約であるから、受任者たる訴訟代理人の報酬請求権は右訴訟委任契約と同時に発生するものと解すべきである。ただ、民法六四八条二項により、委任事務終了後でなければ、報酬を請求することができず、また原告主張の報酬支払の約定が、訴訟の結果により委任者である日本自動車の得た利益を基準に報酬額を算定するという内容であるため、事件が終了してその結果が出るまでは、報酬額が定まらないにすぎず、報酬請求権自体は、それ以前の訴訟委任契約が締結されたときに発生していることに変りはない。そうだとすると、原告は、日本自動車と訴訟委任契約を締結したのは、前述の如く日本自動車が更生手続開始決定を受ける前であると主張しているのであるから、原告の主張する本件報酬請求権は、日本自動車に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権として、更生債権となると解すべきである。これに対し原告は、報酬請求権は事件が成功するか、又は成功とみなされる事実が存在しなければ発生しないものであるから、更生手続開始後の昭和四四年六月二三日、被告が正当な理由なく原告を解任して、原告の委任事務処理が不可能となつたとき、仮り更生手続開始決定がなされることにより、当然に会社の財産関係の訴訟の訴訟代理権が消滅するとするならば、昭和四三年九月一八日本件更生手続開始決定がなされ、原告の訴訟代理権が消滅して、原告の委任事務処理が不可能となつたとき、いずれも原告の受任した本件建物明渡請求事件が成功したものとみなされたことにより、本件報酬請求権が発生したものであると主張するのであるが、これは前に説示したところから明らかなとおり、訴訟委任契約における報酬請求権の発生時期と、報酬額の確定及びその支払時期との区別を誤るものであり、到底採用できない。

以上のとおり、原告が第一次的訴において主張する本件報酬請求権は更生債権であるから、これは更生裁判所に届出て、会社更生法所定の手続に従つてのみ、その権利行使をなすことができるところ、原告が右届出を怠つたものであることは弁論の全趣旨により明らかであるから、この点に関する被告の抗弁は理由があり、原告の第一次的訴は不適法として、却下を免れない。

進んで原告の第三次的訴の適否について判断する、原告は右訴において会社更生法六九条一項の訴訟費用請求権を主張するものであるが、かかる訴訟費用請求権は、更生手続開始決定により中断した訴訟手続が管財人又は相手方によつて受継された後、相手方が勝訴した場合に会社に対し請求し得る債権であるが、これはその負担を定めた終局判決等が債務名義となり、仮に右終局判決等にその額が定められていないときは、これらと訴訟費用額確定決定の双方が債務名義となるのであり、現行法上訴訟費用のみを独立して請求して訴を提起することは認められていないのであるから、原告の第三次的訴もまた不適法として却下を免れない。

二以下原告の第二次的請求について判断する。

第二次的請求原因一のうち原告が弁護士であること及び同二ないし四は当事者間に争いがない。また同五は、原告が日本自動車の和議開始申立及び会社更生手続開始申立の各手続を遂行するに際し、日本自動車より原告に対し、補助者として一、二名の弁護士を依頼するようにしてはとの申出があつたが、原告は日本自動車の費用負担の軽減を考え、補助弁護士の応援を得なかつたとの点を除き、当事者間に争いがない。

三そこで、日本自動車についての更生手続開始と、その財産関係の訴訟である本件建物明渡請求事件についての原告の訴訟代理権の帰趨について判断する。

民法六五三条は委任者の破産をもつて委任契約の終了事由と規定している。これは、委任者が破産するときは、受任者との間の信頼関係を喪失するということよりも、むしろ破産によつて委任者は財産の管理処分権を喪失するに至り、これは全て破産管財人に専属するところとなることによるものであり、委任契約の存続を認めて受任者になおかつ委任事務処理権限を認めるときは、破産管財人の右管理処分権を侵害することになるためである。従つて、株式会社について更生手続開始決定があつた場合も同様に、会社の事業の経営権及び財産の管理処分権は更生管財人に専属するに至るのであるから、この範囲においては会社を委任者とする委任契約もまた、更生手続開始決定があることにより終了するものと解するのが相当である。そして、民事訴訟法は訴訟代理権の消滅事由については特に規定することなく、全て法の解釈に委ねているのであるから、会社の財産に関する訴訟についての訴訟代理権は、前示のとおり、委任者である会社について更生手続開始決定がなされて、右訴訟代理権の基礎である訴訟委任契約が終了する場合にはこれにより、当然に消滅するものと云わざるを得ない。そしてこの訴訟代理権消滅の理由は次の事由からも肯認し得るところである。すなわち、民事訴訟法八五条、八六条は特に委任者である当事者の破産の場合を除外して、一般原則どおり訴訟代理権が消滅するものとしているが、これは委任者である当事者の破産の場合においては、委任者の財産の管理処分権は、裁判所の選任する破産管財人に専属し、破産管財人は債権者の利益を擁護すべき職責を有し、これがため破産者と利害が対立する関係に立つものであるから、破産者と破産者の委任した訴訟代理人との間の訴訟委任契約関係を、破産管財人との間において継続させることは、当事者間に信頼関係がないので不当であるからに外ならない。そして、この理は委任者である株式会社について更生手続開始決定がなされたときも同様であつて、会社の事業の経営権及び財産の管理処分権は裁判所によつて選任される更生管財人に専属し、更生管財人は会社そのものの利益を図るのではなく、債権者、株主、その他の利害関係人の錯綜する利害を調整しつつ、会社の事業の維持更生を図るものであり、その職務を遂行するに際して会社との間に利害対立のあるべきことは、破産法におけると同様更生管財人に否認権を与えられていることなどからして明らかであるから、更生手続開始決定がなされた場合、会社と会社の委任した訴訟代理人との間の訴訟委任契約を、更生管財人との間において継続させることは、更生管財人と右訴訟代理人との間に信頼関係の基礎を欠く以上、不当であると云わざるを得ず、従つて委任者である会社について更生手続開始決定がなされた場合には、右訴訟の訴訟代理権も当然消滅するものと云わざるを得ない。

そうだとするならば、本件建物明渡請求事件についての原告の訴訟代理権は、日本自動車について更生手続開始決定のなされた昭和四三年九月一八日に当然に消滅したものであり、甲第九号証の一(被告が昭和四四年六月二三日原告に宛てた郵便)は、原告を解任する意思表示を含むものではなく、単に被告が中断中の本件建物明渡請求事件を受継するに際し、再び原告に訴訟代理を委任する意思のないことを明らかにしたものにすぎないと解せられる。

四以上のとおり、原告の訴訟代理権は日本自動車について更生手続開始決定がなされたことにより当然に消滅し、原告は民法六四八条三項により、委任が受任者の責に帰すべからざる事由により履行の半途において終了したものとして、既になしたる履行の割合に応じて報酬を請求することができ、また仮に、このような場合にも、原告の委任事務遂行を不能ならしめたものとして、原告主張のみなし成功報酬の特約が適用されるとした場合には、全部勝訴の場合と同額の報酬を請求することができるものである。(なお、これらが更生債権となることは前に説示したとおりである。)つまり、更生手続開始決定がなされたことによつて、原告と日本自動車との間の訴訟委任契約は当然終了し、ただ日本自動車に具体化された報酬支払義務が生じるだけであるから、本件訴訟委任契約を未履行の双務契約ということはできず、また前述のとおり更生管財人である被告が本件訴訟委任契約を解除した事実もないのであるから、およそ会社更生法一〇四条二項が適用ないしは類推適用となる余地はなく、原告がその主張する価額返還請求権を取得するものでないことは明らかであると云わざるを得ない。従つて、原告の第二次的請求は理由がない。

五以上のとおり、原告の第一次的及び第三次的訴はいずれも不適法であるからこれを却下し、第二次的請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(中島恒 寺西賢二 佐藤修市)

第一、第二物件目録・図面〈省略〉

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